まだ見ぬ場所へ
~古民家カフェ鍵屋~
〇月×日
取材に出歩いていると、思いがけずして素晴らしい景色や知らなかった場所へ行きつくことがある。そしてそれはいつも、新鮮な驚きと心の琴線に触れる発見に満ちている。
この日も取材で奥山梨温泉郷、早川町奈良田へ、甲府から約2時間。
こんなにも遠いのかと、正直ビックリ。これはもう小旅行。窓の外の景色がぐんぐん変わり、吹き抜ける風や空気も変わってくる。
早川町という名前は知っていた。
でも、そこにはもう私が知る「山梨」ではない、見たこともない風景が広がっていた。
ここはどこ??
透き通ったエメラルドグリーンの水面が鏡のように、深い緑の美しい山々を映す。
目の前に切り立った猛々しい山々は、普段目にしている山とは全く違って、なんだか神々しさすら感じる。
こんな場所が山梨にあったなんて知らなかった。
いや、知った気になっていて、知ろうとすらしていなかったのかもしれない。
取材を終え、ランチは土地に明るいなっちとともに、おすすめの古民家カフェ鍵屋へ。
え???またしてもどこ??
なに?あの山の上?下から登るしかないのかな?
美味しいものをいただくには多少の労力を強いられるもの。
だからこそ、その喜びと感動は倍になって返ってくるのだ。そう言い聞かせ、山道を登る登る登る。
着いたぁ~。
「ようこそ」の文字にも、ジンとしてしまう。
推定築200年超えの古民家は、むき出しになった梁や昔懐かしい風合いの茅葺きの天井に、確かに流れた歴史の面影がしっかりと刻まれていた。
縁側に座って自然の音にそっと耳を傾ける。
風がささやき、木の葉がざわめき、鳥が歌う。
いろんな音に溢れた日常の喧騒からは気づけない、自然が奏でる微かな微かなメロディー。
なっちもそんな音に寄り添っているのか、いつもより口数が少ない。
この空間を、この時間を、この空気を
そぉっと大切に楽しみたくなる、不思議な感覚。
「市場には出回らない味を、おすそわけ」
早川の人たちからいただく、その時期ならではの美味しい地のものたち。
私は10種類以上のスパイスを効かせたジビエのトマト煮を。
なっちは白鳳味噌のキノコと鶏肉の生パスタ(1,300円)。
とろけるように柔らかい鹿肉がゴロゴロ入り、トマトの酸味がさわやかに包み込む。
パスタは、早川の白鳳味噌とホワイトソースが見事にマッチしたコクのある、まさに深まる秋の味わい。ニンジンラペと紫玉ねぎの玉ねぎドレッシングサラダとともに。
いつもはコーヒー派の私も、ここでは雨畑の自然が育んだオーガニック紅茶を楽しむべきだろう。
雨畑…なんて美しくノスタルジックな響き…。
そんな印象通り、傾斜地があって雨や霧が多いこの地区は、古くから製茶に適した地としてお茶づくりが盛んに行われてきたんだとか。
農薬を使わず、有機肥料で大切に育てられた茶葉を加工した雨畑紅茶。
香り高く、ほんのり甘く心に語りかけるその旋律は、雨の日に聴くショパンに似ている。
食後のサムシングスイーツは、もちろん、えごまチーズケーキ。
濃厚ながらも主張しすぎないチーズのコクと甘みがさっぱりと、最高のバランス。さらに、えごまのプチプチ食感がアクセントに楽しい。
山梨にもまだまだ知らない場所がたくさんある。
知ろうという心の扉をいつでも開放していれば
きっとまだ見ぬ場所へ、また思いがけず行きつくだろう。
-早川町
料理と器とワインをこよなく愛するママ編集者。
性格がおおざっぱなため、お菓子作りは失敗しがち。
最近は酵母菌を我が子のように可愛がっているらしい。