アンティーク香る
カフェ ロッシュ
〇月×日
この日は、とにかく不思議な天気だった。
東京では、ちょうど桜の開花宣言が発表され、空は柔らかな青さが広がっていた。
それと同時に雪が舞っていた。花びらではなく、雪だった。
甲府駅の近くで取材を終えた私たちは、とにかく温かい飲みものが欲しかった。
ココアがいい。
缶や紙コップではなく、カップで飲みたい。
冷たい風に吹かれない温かい場所で静かに飲みたい。
甲府の中心、銀座通りを歩いていると、いかにも地下か二階に武器庫がありそうな喫茶店を見つけた。
この冷たい風を早くしのげるなら勇気を出して入ってみよう。
今日はカメラマンMも一緒だから心強い。
この先に進んだら、実はもう戻ってこられないのでは…?
それもいい、その方がいい。
だってなんだか面白そうだから。
そんな訳の分からない期待感が沸き上がるのは、このトンネルのせいか、空想好きな私の癖か。
店内は、ほんのりとした照明が控えめに照らしてくれるだけで、ほかの人は気にならない。
なんて落ち着く空間なんだろう。いつものごとく、カウンター席に座った。
注文するのは、もちろんココア。
冷えた体に優しい甘みが広がるあの瞬間が好きだから。
カメラマンMは珈琲を注文。
マスターに話を聞くと、こちらは昭和61年にオープンし、今年で34年を迎える老舗の純喫茶。
地下室や二階席はないらしい。
オープン当時から使っている昔ながらの測り。
使い方はよくわからなかったけど、水平になったら、いい重さなんだと思う。
奥から眼帯のバイトの子が出てこないかな。黒髪でも白髪でもいい。
突然、見下ろしながら「1000引く7は?」とか言ってほしい。
きっとその瞬間、床が白黒の市松模様になって「僕を喰おうとしたんだ、僕に喰われても仕方ないよね。」って言わるんですよね。どうぞお召し上がりくださいって言いたい。
あまりにも雰囲気がいいものだから、最高に好きな名シーンを脳内再生していたら、「ココアです」とマスターから差し出される。
調子に乗って注文したレモンタルトが置かれていることに気づきもしなかった。
一口飲むと、ほわっと身体が温まる。
さっきまで極限状態の中にいる妄想をしていたためか、よりいっそう心が安らぐ。
そうそう、この優しい甘さ。
さわやかな香りが漂うレモンタルト。
なめらかな舌触りとタルトのサクサク食感が絶妙で、濃厚なココアの甘さがさっと引いていく。
これはさっぱりした甘さと、こってりした甘さで止まらない。
34年前、ここで喫茶店をオープンしてからずっと甲府の中心を見つめてきたカフェ ロッシュ。
なんだか今日は一人でのんびりしたい、ちょっと背伸びして純喫茶に行っていたい、そんな気分の日には思い出してほしい。
コーヒーが飲めるようになるまで、しばらく通ってみようかな。
本日食べたメニュー
・ココア
…630円
・レモンタルト
…平日380円/土日395円
(ドリンクとケーキはセットで100円引き)
すべて税込み
コーヒーが飲めないサブカル女。
寂しくおひとり様カフェが多いらしいが、たまにキラキラ女子会でリア充を決め込む。
料理はできないくせに、味にはめっぽううるさい。