Release:24.03.15
月晴れる
~目に見えないもの~
〇月×日
『花は盛りに 月は隈なきをのみ 見るものかは』。
月は地球に一番近くて、月面着陸から半世紀以上たった今でも、空にぽつりと浮かぶ月はやっぱり何とも神秘的で、私にとってロマンをかきたてる存在。
曇りない満月はもちろんだけど、雲に見え隠れするおぼろげな月や満ち欠けする変化もまた情緒が深く、美しいものだ。
常に月の裏側は私達から見えなくて、だからこそ愛おしく、特別な思いを馳せてしまうのかもしれない。
「月涼し」「月の船」「十六夜月」「月氷る」など、月には美しい情景をイメージさせる表現がたくさん。
月がもつ音韻に、私はいつも心を強く揺さぶられる。そんな私を強く引き寄せるカフェがある。
梅の芽吹きに春を感じるうららかな日、訪れたのは南アルプス市の美しい棚田を見渡す「月晴れる」。
「ドメーヌヒデ」が営むこちらのカフェでは、100年以上の情緒ある古民家空間が広がり、ワインと米粉のむしパン、ビーガンランチが楽しめる。
櫛形山の急勾配の斜面に佇み、富士山を仰ぎ、甲府盆地を望む広大な棚田の素晴らしい景観が目の前広がる、窓際の特等席へ。
ドメーヌヒデの渋谷さんはぶどうの干し小屋を作りたくて、風を求め、この古民家にたどり着いたんだという。
当初は住居にするつもりだったが、“あまりの景色のよさにこれを夫婦で独り占めしてしまうのはもったいない”とカフェのオープンを決めたとか。
「里山から広がる美しい曲線を描く中野の棚田は、山梨の、いや日本の財産です」。
そんな目の前の棚田の米をテーブルで炊き上げて、棚田を眺めながら食す…こんな贅沢、ほかでは絶対に体験できない!
山風が吹き抜け、揺らめく炎を見つめ、ぽこぽことご飯が炊ける音が耳に心地いい。
ほわっと湯気が立ち上る炊きたてのごはんをよそいながら、幸せをかみしめる瞬間。
炊き立てのごはんはいくつになっても、母のにおいがする。
「ごはん、できたよ」という母の笑顔…今、子どもたちにとってそんな母の顔は、私になっているだろうか。
季節のポタージュと、その時々の色鮮やかなお野菜のプレートは、“ビーガン”のイメージを覆すほどのボリューム感と満足感で、自称・肉食女子の私のお腹を満たす。
無農薬のシルクスイートを使った金時やれんこんのカレーソース、カブのワイン煮、目にも鮮やかなナムル…舌で感じる丁寧な手仕事に心がほぐれていく。
厳選素材の味わいと米粉の美味しさを際立たせた米粉のむしパンは、余計なものを一切足さずにシンプルに仕上げる。
看板メニューの「お母さんのむしパン」は与那国島の黒糖の優しいけどしっかり力強い甘みを感じ、ジューシーな干しぶどうが程よいアクセントに。
与那国島と波照間島の2種類の黒糖がセットされ、味変を楽しみながらできたてのふわっふわを頬張る。
南アルプスブレンドのこだわりのコーヒーのミルクも、もちろん豆乳。
店内やテーブルにあしらうお花や草木は、すべてまわりの里山からの贈り物。
豊かな自然に感謝の気持ちを込めて、小さな季節の移り変わりに心を寄せるひと時。幸せって大きい、小さいじゃなくて、感じるか、感じないかなんだと改めて思う。
とかく人は目に見えるものに心を奪われがちだけど、本当に大切なものは目に見えないことが多い。
目に見えないものの価値に気づいたとき、人生はとたんに豊かになり、幸せなものになるのかもしれない。
「月の満ち欠け、風の通り道、ぶどうの生命力、発酵の音。ドメーヌヒデがワイン作りで大切にしているのは、自然と共にあること」。
見えない月の裏側に思いを馳せ、今度は美しい自然が息づくワインとともに、ここでまた…。
料理と器とワインをこよなく愛するママ編集者。
性格がおおざっぱなため、お菓子作りは失敗しがち。
最近は酵母菌を我が子のように可愛がっているらしい。